金融業の人が胡散臭く見えてしまう理由
慣れてくるとそうでもないし実際違うことも多いのですが、
経済や金融に興味を持っていなかった頃、
村上ファンドの村上氏やホリエモンが喋っているところを見ると、どうにも胡散臭く見えていました。
金融に限らず、原子力関係など専門用語を多く使う人は胡散臭く見えるものですが、
特に経済用語を喋る人は怪しく見えます。
この理由について考えてみました。
これは日常用語としても使われる経済用語が、
あまり日常と経済の文脈を選ばずに使われているからでないだろうか、と考えています。
例えば、「仕事」という用語は物理学でも使いますが、
物理学者は「労働して働く」のと「物体に力が働く」のははっきり区別してしゃべります。
聞く方も、労働の話と物理の話では、あまりに文脈が違いますので、
混乱することが殆どないのではないかと思います。
対して、経済学者や経済評論家は「信用」「価値」といった言葉を、
経済学の文脈でも、それよりも一般的な「ある人を信用する」という意味でもあまり区別せずに使います。
むしろ、ちょっとだけ経済や金融を知っている実業家が、
経済専門家を気取って経済用語を使っている気もします。
日常会話の中で、「信用」や「価値」といった言葉は結構思い意味になります。
「あの人は信用できない」とか言ったらかなりの悪口です。
重い意味の言葉むやみに使う人は、胡散臭く見えても仕方がないですね。